国民学校の生徒
50年ほど前(わりと最近まで)に人々は上は着物を着て、下はもんぺ
(「ずぼん」の様なもの)を普段はいていた。
当時の服の模様は、着物はかすり、もんぺはしま模様が一般的でした。
着物は、夏は風通しのよいものを着て、冬は中に綿をつめたものを着て
いた。
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「もんぺとは?」
着物の布地は麻で出来ており、前には長い紐、後ろには短い紐がついて
おり、それぞれ前と後ろで別々に結んだ。もんぺの布地は麻で出来ていて
堅かったので、伸び縮みがなく不便だった。着物のおびは、お金持ちの人たちは赤い色の帯をしていて、一般の村人
たちは黄色の帯をしていました。
戦争当時は、衣料品が不足していたために衣料切符による配給制でし
た。特に履き物は不足し、学校に15足程度(30人の学級に2足程度)
が配布され、遠距離通学の人から順に与えられた。しかし、材質が悪く、
上部は南京袋、靴底は人造ゴムなのですぐにひびが入り、3日程度で使え
なくなった。
衣料切符
学校へは藁で作った足半ぞうりを履いて通学した。夜は、明日履くぞ
うりをラジオを聞きながら作ったものだ。冬は甚兵衛わらじを履いた。
足半ぞうり
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