葛尾村MAP95
葛尾村時間旅行 時代の変化と葛尾村

- 太平洋戦争前後
- 前・・・男子の人口が激減した。農業は、女子と老人が従事した。
(困ったこと)衣服と食べ物が不足した。
- 後・・・人口が急増した。
(理由)男子が軍隊から帰ってきたため、村外の出身者が入植したため
- 昭和22年以降
第1次・第2次ベビーブームにより、葛尾村の人口・世帯数ともに増加した。
昭和30〜35年までの5年間は、葛尾村有史以来の3000人代を示した。
葛尾中学校の生徒数も、328名なり1学年3学級で計9学級だった。
- 昭和40年前後
葛尾村は山間地のため土地が狭く、農業で生計を立てられなかった。
そのため中学を卒業すると、農家の二男・三男・女子は首都圏へ
集団就職していった。
- 昭和50年代〜
核家族の現象が多く見られるようになった。
- 昭和60年代〜平成
核家族の現象は以前よりも多く見られるようになり、人口も過疎の
傾向にある。また、お年寄りの一人暮しも増えてきている。
- 近未来
年々少しずつ人口が増えていく。しかも、森林を伐採したりせずに
自然は今のまま残っている。
また、高速道路やリニアモーターカーが通るようになり、交通の便
もよくなり、東京へ15分で行けるのでリニア通勤者が増える。
そして、数多く残っている自然は‘緑豊かな観光地’として、県内外
からの大勢の人たちが訪れるようになる。
また、世界各国との交流も盛んになり、外国人の住人も増加する。

- 生徒数の変遷
昭和30年代をピークに急激に増加し、学年3クラス約300人もの
生徒数が在籍していた。その後、減少し、今は100人くらいの生徒数
で安定している。少人数の特徴を生かした活動を積極的に取り入れている。
インターネットを活用し、海外との情報交換も盛んに行っている。
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