第4の場面
「大人になれなかった弟たちに」 米倉斉加年
【本 文】
母は行ったこともない山の中の親切な人に頼んで、やっと疎開先が決まりました。とりあえず必要
な荷物だけを持って、引っ越すことになりました。それでも、荷物は馬車一台ありました。僕と母と
祖母と妹、それに弟は、その馬車の荷物の上に座って、ゆらりゆらりゆられながら、朝、家を出て、
南に向かって旅立ちました。福岡から南へ二十キロくらい行った、石釜という山あいの村です。
馬車の上で昼のおむすびを食べ、昼すぎには、きれいな渓流に沿って山路へかかりました。美しい
青空、桃の花が咲く山村、橋の上からはあゆの泳ぐのが見られます。生まれて初めて見る、それは桃
源郷でした。
これから始まる生活など、僕にはまだわからない年ごろでした。ですから、毎日あのあゆをとって
おかずにすれば母が喜ぶだろうと思ったりして、これからの生活に胸をはずませました。
僕たちがお世話になる農家は、すぐ裏の山が頭の上におおいかぶさるような山すそにありました。
その農家の庭に面した六畳間の一部屋を借りました。家の前の渓流には飛び石が対岸に続き、大雨の
日はわたれません。下流の橋をわたって学校に行きました。母は生まれて初めて田植えを手伝い、昼
に出される御飯を僕たちに残して、持って帰ってきました 僕たち疎開者には配給もありませんので
母は自分の着物を持っていき、近所の農家の人たちにお願いして、米と交換してもらっていました。
疎開しても、ヒロユキのお乳には困りました。隣村にやぎを飼っている農家があると聞いては、母
が着物をふろしきに包んで出かけました。母の着物はなくなりました。
ヒロユキをおんぶして、僕はよく川へ遊びに出かけました。僕は弟が欲しかったので、よくかわい
がりました。
【生徒のイメージ画】
【感 想】
・ 子供のために自分は食べずに一生懸命働いている姿が伝わってきます。
・ 母は自分のこと以上に子供達のことを思って絶対に子供を死なせないと必死になっているところ
がものすごくわかる。
・ 鮎をおかずにすればいいというところがやさしさがわかるとともに子供だと思った。
・ 桃源郷の美しさと疎開のつらさの差がありすぎる。
・ すばらしい自然と疎開の大変さが印象的です。川へ遊びに出かける姿がかわいそうな感じがしま
した。
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三本杉 祐輝
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